ヒカアノン
ヒカアノンとは、ヒカキンの視聴者ではないにもかかわらず彼を極端に擁護する人々への蔑称である。
使用例は少ないが恒心教用語の包皮民に準えて包ヒ民と呼ばれることや、ヒカキンナイト、ヒカ騎士と呼ばれることもある。
概要
この言葉を最初に使用した人物はヒカマーズ決済だが、2026年に発生したONICHA騒動をきっかけにヒカマーの間で広く使われるようになった。ヒカアノンの語源はヒカキン+Qアノンである。
あるヒカマーがヒカアノンとレスバした際にヒカマーから「ヒカキン信者」と呼ばれたヒカアノンが「自分はヒカキンの動画を見ていない」と「ヒカキン信者」であることを否定したために区別するために「ヒカアノン」が使用されるようになった。(詳細は後述)
ヒカアノンの実質的な起源は平成末期にYouTuberたちの不祥事が続出したことで隠蔽立ち回り上手だったヒカキンの株が相対的に持ち上げられ、さらにアフィカスが広めた「ヒカキンを尊敬する理由」というヒカキン善行リストがTwitterで万バズしたころから彼の動画を普段ほとんど視聴していない層にもヒカキンに対する漠然とした好印象「ヒカキン聖人説」が蓄積されていったことに由来すると考えられる。
特徴、ヒカキン信者との違い
「ヒカキンの視聴者ではない」ということがヒカキン信者との決定的な違いである。
そのため本質的にはヒカアノンはヒカキン信者ではなく「ヒカマーアンチ」的な性格が強い。
一部のヒカマーは、ヒカアノンの心理を「弱者叩き」「権威主義」であると解釈している。
ヒカアノンはヒカキンを「成功者」とみなし、ヒカマーを「成功者に粘着する負け組の嫉妬」と解釈している。
ヒカアノンは政治的には権力者への迎合とマイノリティ差別であるため、弱者の包摂を主張する左派とは相性が悪い。
しかしヒカキンが過去に行った風評加害発言およびその後の隠蔽行為の何が悪いのかも全く理解していないため愛国心の欠片もない。
そのため左派ヒカマーからも右派ヒカマーからもひじょ~に嫌われている。
「ヒカマーのくせに」といった人格攻撃的言動から、ヒカマーを敵視しており、ヒカマーを攻撃するためだけにヒカアノン的な態度をとる行動も見受けられる。
ヒカマーによる誹謗中傷や荒らしを批判する一方で、荒らしや誹謗中傷・差別的発言を積極的に行う偽善的な行動が目立つ。中にはヒカマー以上に悪質な者も多い。ヒカマーアンチにも同様の傾向が見られる。
知識不足の癖にヒカキンを擁護したがるためヒカマーからの評価は基本的に「ヒカキン信者未満」とされている。
ヒカアノンは大抵「嫌なら見るな論者」であるが、自らは逆に「擁護対象の癖に見てない」ためヒカキンにとっては顧客ですらない。
皮肉だが何もせずただ罵るだけのヒカアノンより、ヒカマーの方がヒカキンへの経済的な活動に貢献しているのだ。
ヒカアノンに絡まれたときの対処法
主張の正当性を示す客観的事実を提示し、論理的思考力をもって対策すること。
アフィカスのような短消費的コンテンツに染まった連中がヒカキンの長ったらしい動画なんか見るわけがないので当然ではあるが、ヒカアノンはヒカキンに対する初歩的な知識すら不足しており深入りされるとまともに答えられない。
虚言癖も強く、セシウムさん事件が起きた後である2011年の年末という時期でも「当時はみんなヒカキンと同じような放射能認識だった」などと歴史を捏造した嘘も平気で使ってくるため、ヒカキン本人による「真剣に放射能汚染について話したら鼻で笑われ、馬鹿にされた。」の投稿を貼り付けて反撃しよう。
彼らは障碍者差別主義の傾向が強いためヒカマーに反論できなくなるとヒカマーを障碍者呼ばわりするなど人格攻撃に走りたがる。
たとえ違ったとしても否定すれば相手の思うつぼである。
誰かさんが言っていた通り「ヒカマニは全人類の普遍的コンテンツ」であるため障碍者であることを恥じる必要はないし、たとえそうだったとして何が悪いのだろうか。